昨晩、東京ドームンにて、嫁と巨人vs阪神、観戦してまいりました。上原vs井川の投手戦。中盤、代打桧山のヒットで同点に追いつき延長戦。11回表、代打関本のヒットで逆転。コーフンする。手に汗。紅潮している。その裏、巨人3人目の李の打球が、さよなら逆転ホームランでゲームセット。  ボーデンヂシツ。何より唖然としたのは、私どもの居る3塁側、皆で阪神を応援しているつもりだったのに。このサヨナラで4割ぐらいの客が立ち上がって万歳している。アレ…!オイオイ…君達ナニ勘違いしているの?負けたんのよ。と思ったのだが、自分の周りは全部阪神ファンだと早とちりしてたのは私でした。とほほ。

 終戦が決まった時の満州残留日本兵の気持ち?って、そりゃ不謹慎か。今これを書くにあたり、寺山修司にサヨナラホームランについての記述が有った筈だと思い、探してみたが見つからず。サヨナラ。ほうむらん。なんか変な言葉だねぇ。  変と言っちまえば、野球なんて変なモノだし。そもそもスポーツ(ゲーム)観戦なんて、説明不能な変なモノだし。「そもそも」と言っちまえば、人間のすることは全て説明できそうもない変なモノだ。
 …すべてのことを定義してゆくことは可能。例えば「ゲーム」とはルールに則してプレイすること、と定義出来る。ただ定義はできるが、意味は人それぞれ。

 私は嫁の影響で、40にして初めて野球という楽しみを知りました。私の父親は筋金入りの巨人ファンだったのにね。父は寂しかっただろうね。てゆか、スゲエ照れ屋さんだったから、キャッチボールをしてもらったことも無い。それでも微かな記憶を辿れば、幼少の頃に1度だけ、後楽園のデイゲームを見たことがあるような気がする。たぶん「オオ、カネダ、ヒロオカ」の頃。  今この歳になって東京ドーム。昨年も行ったけど、眼鏡忘れてスコアボードさえ読めなかった。視力視力視力。昨日は眼鏡持参でバッチリ見えました。TVでは到底分からない芝と土の美しさ。グレイトJAZZトリオ(ハンクジョーンズ/ロンカーター/トニーウィリアムス)のLPジャケットを、まずは思い出す。

 球場の雰囲気を、どう形容したらよいのでせう。ろうにゃくなんにょ。子供も。不倫カップルも。皆が嬉しそう。平和だな〜と心底思う。これは娯楽なんだよね。TVと違って選手の表情は見えないし、実況解説も無いけれど、楽しいから3時間以上が意外に早いです。  え〜と…、阪神ファンの応援の方が力強いことは言うまでも有りません。巨人ファンの応援はショボイので、マイクで拾ってスピーカーで増幅してました。私の耳は誤摩化せない。2006.4.22
表題の「さよならだけが人生だ」は井伏鱒二ですが、元々は漢詩に有るものだそうです。


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