映画や演劇ならば、まず登場人物や設定、そしてストーリーを掴む方向に脳が働く。でも音楽はその必要が無いから、雑多な思いがスゴイ勢いで脳にやって来る。その脈絡無い思いを、脈絡無いまま書いてみたいのです。
 音楽。にも色々有って、ギター1本で「今も遠くで愛してる」というモノから、東京ドームで、デズニーランドの光パレードみたいな祭り系まで、数百種類の形態が有ります。が、どんな音楽形態でも、客はいつでも1〜2時間、暗い席に座ってるだけ。脳だけが自由。
 ROCK・POPSは枝分かれして数百種類になった訳でして、樹の幹の下の方が1964年のビートルズ。あの頃がビッグバンの様な物。さらに遡れば、19世紀にはそれぞれの地域に根ざした音楽が有った。特にアフリカ!
…歴史の勉強は、キリが無いので別の機会に、ということで。

 こんな調子で書いてたら、膨大な量になるので飛ばします。1975年頃、早くもROCKは肥満してきた。動脈硬化も始まった。例えれば、ビートルズは手塚治虫。その後10年で、ビッグコミックやガロも出来たけど、その後の少年ジャンプの大きさ。これは異常でした。音楽で言えば80年代のメガヒットの時代。その産業音楽の裏で、その反動で細分化して行く。「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉は風化した。個人的な歌を、個人が自分の部屋で、独りで受け取る。 …こんな調子で書いてたら途方も無いぞ〜!昨日の夜、渋谷BYGに「東京ローカル・ホンク」というバンドを見に行ったんですヨッ!BYG地下といえば感慨にふけりまくりだけど、キリが無いので飛ばします。客席で、まず頭をよぎったのは、オヤジ・バンドやろうぜ。でも、ボクら全て、高円寺のブルースバンドから、ダンスフロアのテクノまで、全て抵抗する者達。レジスタンス。大き過ぎる幻滅と失望を背負って、逆に幻滅の重さに背中を押されてライブをするのであった。断じて、ロックバンドごっこで遊んでいる訳ではない。

…なーんて、また屁理屈になると読者を置き去りだな。で、この東京ローカルホンクってどんなバンド?と聞かれたら、何と答えようかな。「生きものについて」という曲が6拍子、それ以外は8ビートのロックバンド。…全然説明になってないよ。メトロファルスだって9割エイトビート、1割3拍子のロックバンドだぜよ。
 まず、見た目は40前後、ジーンズ、ウェスタンシャツ。動かない。ストイック。あ、そーだ、御耽美系ナルシストロックと正反対と言えばよいかな。ギターは2人とも歪み無し。スッピンのクリアトーン。コーラスが見事にハモル。イーグルスを連想。でもイーグルスはオーバードライブ系だし、むしろオーリアンズか。って例えが古いっつーの。
 日本でいえば、はっぴいえんど、センチメンタルシティロマンス系。ワールドミュージックや英国風には行きません的な頑固さ。そーいえば、グランドファーザーズってのも、名前からして頑固そうでしたね。東京ローカルホンクは別に米国ロックの伝統を守ってる訳ではなくて「歌」に演奏を付けたら、こうなります、というカンジ。透明感は初期トーキングヘッズも連想したけど、曲によってはモータウン的なファンク要素も有り。
…って、そんな評論家的分析はやめれっ!

「社会のワレメちゃん」という私の好きな曲も聞けたのですが、改めてその再現性に驚いた。バンドなら、CDを再現出来て当然でしょ、ということですわなぁ。連中は水を得た魚のように、実に生き生きと演奏しよるのですよ。少し嫉妬した。少しウルッと来た。  伸び伸びと個性を発揮させよう、という教育基本法が、えげつない人間を作る。日本に音楽なんかネエンダヨ、という失望と幻滅が我々のエネルギーなのだろうか。音楽を駄目にしたのは誰なんだろう。平成イカ天がROCKを駄目にしたという人もいる。それは違いますよ。むしろ貢献したと思いますけどね。むしろヤマハ等、その他のコンテストの方が気持ち悪い。どのみち、J-POPなんてのは全部大嫌いなんだよ。

 でも…この客席に居る御客さんは誰だろう。ファン?私も含めて、ちゃんと楽しんでいるのかな、とライブの最中に考え始めた。「音楽を楽しむ」って何だ?歌を聴くより、自分で歌う方が絶対楽しいのに、御客さんは歌わないのに金払っている。混んでくれば人の頭の隙間から、覗くようにステージを見る。通勤電車のような体勢で、2時間以上我慢することもある。それでもステージが見えれば、まだまし。これが正しい音楽の楽しみ方なのかなぁ。こんなに一所懸命見てる御客さんに対して、出演者は「見せる」ということが出来ているかな。見世物になっているかな。  音楽を楽しむという意味では、カラオケBOXの方が確実に楽しいと思うよ。有る意味、本来の音楽に回帰したとも言える。レコード産業と放送が1920年代に始まって、それ以降自己表現ということが一般化した。でも20世紀以前は、歌ったり踊ったりして楽しむ事こそが音楽だった筈。自己表現がこうして巨大産業になる程に、逆に1対1の個の音楽になり、最終的には耳の穴にイヤホンを押し込んで、空気さえ介さず、言葉が直接脳に語りかける。斯くして「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉は意味を無くす。

 ところで、ミュージシャンには、頑なにカラオケを拒否る人が多いのはナゼだらふ。世代が20年以上違う人と行ってはダメよ。10年違いでも、アニソン大会になったりしたら終わり。我慢して諦めるしかないです。それ以前に空気読めない奴はどこにでも居るわけで、カラオケで、本気で英語のバラード歌われた日にゃぁ閉口しますけどね。あっ!…ミュージシャンてのは基本がナルですから、他人の歌なんか聞きたくない、自分が本気で人を感動させたい、それがカラオケ嫌いの原因かも。あるいは実は不器用で、音程もリズムも全く取れないことが露呈してしまうことが不都合な真実、とか。って意地悪な見方ですが。でも〜でもでもそんなの関係ね〜♪ですよね。ミュージシャンにはクレージーキャッツを歌わせよう。  そもそも音楽…ってゆーか「そもそも」なんて言っちゃったら、そもそもナゼ文明は始まっちゃったんだろう。そもそもナゼ神様を作っちゃったんだろう。何故動物のように真っ当に生きられないのだろう。…ってなことを、ライブを見ながら、客席で脈絡無く思っているのです。もしかしたら、東京ローカルホンクの歌詞も、そんなことかもしれない。違うだろうけど。

 ボクはぶっちゃけ、J-POPだろうが、ROCKだろうが、嫌いなのです。バンドという形態も、自己表現も興味ないのです。今になって思えば、1970年前後の、あの頃の音楽が好きなだけだったのかもしれない。  東京ローカルホンクのことを誉めるのはクヤシーので、ごめんなさい。意識的に上から目線で御免ください。彼等はプロです。メジャーデビューしてTVに出る事がプロではない。御客さんをニコリ(あるいはニヤリ)とさせる空気を作る事が出来る。歌や喋りや、仕草や音で。来て良かったと思わせてくれる、バンドでした。
2008/3/17

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