引きこもってちゃ駄目
だけど引きこもって思うことも有り。
両方やってみないと、だ。
何がやりたい?歌をきかせたい?
ならば他の要素は二の次の話し?
半端な事はするな?そんなことはない。

みなさん「半端ねぇ!」が好きだろうけど、
Aに賛成か、反対かを問われ続けるけど、
答えは全て、黒と白の間。グレーゾーンだ。
良い案配。良い塩梅。を模索する。
ふれあいに反対ですか?と言われても、
男女平等に反対ですか?と言われても、
詰め込み教育に賛成ですか?と言われても、
賛成でも反対でもない。良い塩梅に。
TPPに賛成ですかと問われれば、反対です。


何が言いたいの?そのそれ!が違うでーす。
しいて言えば。世の中2つに分けられない。
全ての場合は、それぞれの場合だね。
恋愛必勝法。笑わせるぅ。男は同じではない。
ただし間違う人の、間違う傾向はある。
優秀な人の優秀な傾向はある、
例えば音楽でいえば、音程は大切。
調弦も出来ないようではムリ。音痴も。
でも点数は付けられないだろーな。
先生が付けるのではなく、コンシュウマーだ。
オカネを払う人の判断には負ける。
ゴッホだって、結局は現在大衆に支持された。

私は御客さんの心をつかむのが無理だった。
2回目のライブで、1回目より動員が減って、
身の程を知らされた。
2006の春が最後だったな。
アレ以来、自主的にやろうとしたことは無い。
出ませんかと言われて、迷ってやることは有。
ホントに迷う。正直、やらなきゃ良かった。
やっぱ動員少なきゃ自分の所為だと思うべし。
店にも客にもメンバーにも、謝るべし。
ただし、全ての場合は、それぞれの場合だぁ。
ウシャコダなんかは、動員関係無し。
目の前にいる人が全て。ご機嫌にさせる。
35年前から同じことを繰り返す。
飽きるも飽きられるも関係無し。
それが娯楽。落語みたいだ。
不思議なのは、そこに行き着いたのではなく、
十代の頃から信念が揺るぎないということ。

横川氏も動員関係無し。
自分が何をやりたいか、何が出来るのか、
が全てみたいだ。私とは随分違う。
が、偉いとも思う。先生みたいだ。
親が先生だったのだろう。
私は親が商人だった。これ、根深いかも。
私がライブをやるとすれば、御客さんのため。
それ以外にやる理由はない。
御客さんが「やって」と言えば、やりたい。
やっても結局、あなた来ねえぢゃねーか、
と思えば、考える。あの人は何だったの?
私に期待したのではなく、
純ちゃんとか、あがた氏や、与太郎氏が好きで、
私が、その後ろに見えることが楽しいだけ?
まぁ、生活や仕事の都合があるのだろうけど。
ファンデス〜と言う人ほど、買ってくれない。

言い過ぎ?ごみ〜ん。あやまるし。
イジケ過ぎ?メンゴでヤンス〜。
ぶっちゃけ、ファンデス人はコレ読んでない。
話しがトッ散らかった。(と見せかけて。)
半端ねぇは褒め言葉だが、方便ですよ。
全てさらけ出す、が好きな客が多いとは思う。
が、赤ん坊が泣き叫ぶ、そんなのはウルサい。
逆に、渋いカヴァーでマニア心をくすぐる、
ほどほどにネ。着地点は中間点にあり。
歌を聴かせたいなら、ひとこと残らず、
どんな音も歌の後ろに引っ込むべき、かな?
歌が有っての音楽だが、ほどほどに、ネ。
歌と演奏の割合も、分量も。ほどほど。
客に迎合するのも、無視するのも、中間点で。

経費削減もほどほどに。
長生きするのもほどほどに。
CDの収録曲数、収録時間もほどほどに。
安売り合戦も、ダイエットも、程々に。
楽器音を歪ませるのも、ホドホドに。
本物こだわり派も、ほどほどに。
とは言え、幸福感てのは、ほどほど知らズ。
無我夢中、それが幸福なんでやんすが。ネ。
<戻る